建設計画当時、ウォルト・ディズニープロダクションズ(当時)は、企業買収騒ぎのまっただ中であり、初の海外投資リスクを軽減するために、同社日本法人による直接経営ではなく、朝日土地興業(当時)、京成電鉄、三井不動産が主要株主である株式会社オリエンタルランドによるライセンス方式での経営・運営とした。
「ディズニーランド」という名称ではあるが、パークのコンセプト・モデルとなったのはカリフォルニア州アナハイムのディズニーランド・パークではなく、フロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内にあるマジック・キングダム・パークである。そのため、世界に4つある「ディズニーランド」と名の付くテーマパークのうち、東京以外はすべて「眠れる森の美女の城」をランドマークにしているが、東京ではマジック・キングダム・パークと同じ「シンデレラ城」をランドマークとしている。
TDLの建設時、ディズニー側にきちんとしたアトラクション等の設計図面が存在しなかった(設計図自体は存在したが、現場での修正等が非常に多く、それらの記録が図面として残っていない)ため、日本側のスタッフが現地に赴いて作成した実測図を基に、新たな設計図面が起こされた。 その図面類は日本の建築基準法やディズニーの機密保持等の関係もあり、TDL内にある「ドキュメントセンター」と呼ばれる部署で集中管理され、施設改修時には随時最新版に差し替えられる。「ここの図面があればTDLをもう一つ作ることができる」と言われるようにすべての図面類を保管している。なお、ディズニーのテーマパークでこのような形で図面を管理するようになったのはTDLが初めてである。
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